神社で、レッツ「とほかみ考」

内容


皆さん、こんにちは。
浅子雄一郎です。

最近、どこかの神社に
参拝しましたか?

私は度々、神社に行きます。

以前は、何かお願い事をするために
神社に行っていました。

しかし、「とほかみえみため」を
唱えはじめてからというもの、

何かのために神社に行くということは
なくなったような気がします。

そのかわり、神前では
ただ感謝をもって手を合わせる。

そんな習慣になりました。

皆さんの中にも、
同じような変化があったという方、
または、元々そうだったよという方も
いらっしゃるかもしれませんね。

ところで、
何年か前に、とある神社の神主さんが、
こんなお話をして下さったことがあります。

ーーーーー

西洋では、『善(正しい)』
『悪(間違い)』という価値観が主流。

それに対して日本には昔から、
『綺麗』『汚い』
という価値観が流れている。

ーーーーー

「綺麗」か、「汚い」か。

なるほど、
綺麗であればこそ

「神とつながる」
「神を迎える」
「神と共に生きる」

ことができる。

日本古来の生き方であり、
「祓い」の叡智を想わせます。

そして、その奥には、

神、御先祖、自然

といった、私たちを生かし
育むものがあるという、
揺るぎない前提が横たわっていることに
気がつきます。

その前提を見えなくさせているもの
それらとのつながりを妨げているもの

そういったものがあったとしたら、
やはり「綺麗」に祓い清める必要が
あるでしょう。

さて、「とほかみえみため」は、
大変強力な祓いの言葉です。

唱えることで、
自分を含めた御先祖が
遠津御祖神になるための祓いが
おこなわれます。

さらには、
「とほかみ」であらわされる

・遠津御祖神
・言葉の十神
・宇宙の根源神

といった神々と、
ダイレクトにつながる。

綺麗になるだけではなく、
綺麗の、その先まで確定するような
言葉であることが分かります。

そんな「とほかみえみため」を
唱えていると、

「間違っている(悪)と思っていたものが、
結果的に良かった(善)ことに気づく」

あるいは、「汚い」ものまでも
神に変えてしまうような

<対立したものを統合する働き>

を感じることがあります。

神社で両の手を合わせるように、
「綺麗」も「汚い」も一つにして、
新たなものを生み出すことができる。

これが、「綺麗」「汚い」の奥にある
日本人本来の価値観ではないでしょうか。

「綺麗」を大切にする文化だから、
日本の新型コロナウイルスの感染者が
世界的に見て少なかったとする向きも
あります。

しかし、対立的な構造によってではなく、
この世界で起こっている一連のことから
何を学び、何を創造し、どう進化するか
という意味において、

今は、私たち日本人がもつ
価値観の真価が問われ、
同時に、その目覚めを
促されている時である。

「祓い」「とほかみえみため」は、
そんなことを教えてくれるようです。

日本全土へ、世界へ、宇宙へ。

皆でますます、
「とほかみえみため」を
響かせていきたいですね。

新たな月を迎えた今日は、
お朔日参り(おついたちまいり)の日。

ご神縁深き皆さまお一人お一人が、
素敵な一日を過ごされますように^^

「とほかみえみため」という8語の言霊に秘められた叡智をはじめ、
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19 件のコメント

  • 「統合」はどちらの要素にも傾いていない
    「中庸」ということですね
     
    とほかみえみためを唱えていると
    ふだん何も考えず生活していたときとは
    考えられないほど、信頼しうる必要な情報が
    どんどん入ってくるようになりました。
     
    本当にありがたいことです♪
    ありがとうございます!
    とほかみえみため
    とほかみえみため
    とほかみえみため

  • いつも優しいお言葉ありがとうございます。
    私も神社参拝が増えたのですが、以前、意志を唱えていたのが嘘のように浮かばず、エネルギーを戴いている私たち全部の感謝を思うようになりました。対立するものを統合する働きというのは、すっと腑に落ちました。有り難うございます。

  • ありがとうございます。

    確かに、西洋的な考えかたには「善悪」をはっきりと分ける風況があるようです。

    片や、日本的には白黒はっきりさせないあいまいさがあるようです。
    そこで「綺麗」「汚い」という言葉があるのですね。

    納得です。

  • 貴重なお話ありがとうございます。
    毎日「とほかみえみため」を唱えさせていただいております。
    私はギリシャ西マセドニアに住んでいます。誰一人日本人がいないのです
    ギリシャ人の親戚や知人はいますが、友人はいません。
    どうして、いつもポツンと生きているのだろうかと思います。
    以前キリスト教を信仰していたときは、常に善悪ばかりを考えて生きて来ました。
    日本人としてのあり方「善」でないといけない「これが正しい生き方」であると、生き苦しさを自分の中に押し付けて生きてきたのかもしれません。
    常に線引して生きてきたと思います。浅子先生のお話を拝読させていただき、綺麗と汚れをともに受け入れながら調和していく心が大切なんだと思いました。
    この場所で世界平和のために「とほかみえみた」を共に唱えることのできる仲間を作りたいです。
    ありがとうございます。

  • 日本も二項対立の価値観に侵食されて久しいですが、もともと 汚いものも、そのままにしておくのではなく、 全ては球体で継ぎ目のないものとして、全体を考える素地を日本古来の文化は、持っているのだと思います。

    ようやく、そのような気づきなのか、思い出した人が、増えて来たように思います。
    これも、とほたみえみためのおかげではないかと…。今日もありがとうございます。

  • 僕は、氣と言う言葉が好きで、
    キレイ→氣麗(氣が整っていてうるわしい)
    キタナイ→氣多無い(氣がたくさん無い)
    と勝手に氣という字を使って、ずっと解釈してきました。
    氣とは、西洋医学的なエビデンスはまだありませんが、東洋医学的には、見えないエネルギーとして昔から認知されて来ています。
    神さま、ご先祖さまの氣配をいつも感じつつ、どんな人にも氣配りをする。それが日本人が本来持っていた感性なのだと思います。

  • 先日、岩手の丹内山神社に行き
    とほかみえみためを唱えました。

    いつも声が聞こえるので待っていたのですが
    聞こえた言葉は、
    神社にいつも意味を求めていないで、来ることだけでも充分なのだからということでした。
    今は、特に願うわけではなく
    天と心を合わせるための再確認という感じで
    行くようになりました。

    とほかみえみためを唱えるようになってから
    自然体の自分がいます。必死に何かをするわけでもなく、思うわけでもなく、現実と自分の想いが一体になっていくのを率直に受け取れる感覚が出ています。ありがとうございます!

  • 浅子先生ありがとうございます。
    とほかみえみため、唱えています♪
    6月1日、私はこんな体験をしました。
    ゴミ出しに出た時、70代ぐらいの女性に、
    神社に行く道を聞かれました。
    この神社は私の家から3分もしない所にあり、
    私もよく参拝にいく神社でした。
    神社はちょっと奥まっている所にあり、
    雑木林などもあり、
    分かりにくい道だったので
    私は近くまで案内することにしました。
    道案内をしている時に女性が、
    「10年ほど前に、孫のためにお祈りに来たことがあり、
    ずっとお礼参りをしたかった、
    でもなかなかこれなくて、今日やっとこれた。
    でも道に迷ってしまった」
    と話てくれました。
    私は愛しい気持ちになりました。
    そして私はいつも参拝する神社の神様が、
    私を道案内に使って下さったように思えました。

    その後、私は一人で神社にお朔日参りをし、
    とほかみえみためを唱えさせてもらいました。

    とほかみえみためを唱えていると、
    こんな素敵な出逢いがあります。

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    ABOUT US

    浅子雄一郎
    neten株式会社/ラボラトリオ株式会社研究員
    早稲田大学教育学部卒。
    ヴィパッサナー瞑想からマントラを使った瞑想など様々な瞑想法を経て、白川学館の門を叩く。
    言霊の叡智を装置化したロゴストロンの信号で、それまでの瞑想の体感が一変。この体験に衝撃を受け、800年間宮中祭祀を司ってきた白川伯王家伝承の「おみち」を生涯実践することを心に決める。
    祓い、鎮魂、言霊を実践しながら、自らが世界の人々と「おみち」との結び手となるべく、日々奮闘中。