皆さまこんにちは!
エクレル講師石原政樹です。
この度、長らく封印されてきた「とほかみえみため」の叡智を
皆さんと分かち合えることを心より嬉しく思います。
私からは数回にわたり「とほかみえみため」伝承の足跡に触れていきたいと思います。
といっても歴史の授業ではありませんので、皆さんに「とほかみえみため」に
親しんでいただくため印象的な出来事、人物のトピックをランダムにご紹介して行きますね。
今回は現代の皇室に息づく、「とほかみえみため」のお話です。
2019年は新天皇即位に湧いた一年でしたが、大嘗祭など様々な儀式に先立ち、
非公開の宮中祭祀「斎田点定(さいでんてんてい)の儀」
が行われていたのはご存知でしょうか?
これは天皇陛下の皇位継承に伴い、「大嘗祭」に使用するお米の産地を占うため、
薄く削ったアオウミガメの甲羅を火で炙った際にできる亀裂で大嘗祭に用いるお米を決める祭祀です。
これは亀卜(きぼく)と呼ばれ、ルーツとしては越後国一の宮の彌彦神社が有名です。
古代は鹿の骨も用いられたことが記録に残っています。
結果として、
栃木県の「とちぎの星」
京都の「京都丹波キヌヒカリ」
が選ばれたのは記憶に新しいところ。
この儀式の際に「とほかみえみため」が唱えられているのです。
具体的には、甲羅を火にかざす際に
「ト」・「ホ」・「カミ」・「エミ」・「タメ」を唱えるのですが、
これは火にかざす「方向」を表すのだそうのです。
「Live News it! 2019年5月13日」の取材によると、「ト」は下、「ホ」は上、
「カミ」は左、「エミ」は右、「タメ」が中央で、唱えながらそれぞれの方向に意味があり、
火にかざしながら甲羅を移動させ炙るといいます。
儀式の始まりは古く、奈良時代頃からだと言われています。
このように現在でも皇室祭祀に名残を留めている「とほかみえみため」ですが、
明治の動乱期に、その本当の意味合いは失われてしまいました。
いったい何がおきたのでしょうか?
次回はその辺をお伝えさせていただきます。
ご期待ください♪
石原政樹