わたしはかがみ ますみのかがみ

内容


皆さんこんにちは!
石原政樹です。

自分を鏡だと思ってみましょう。

鏡は万物を映し出します。

若い人
年老いた人も

男性も
女性も

青空も
雨空も

家の中も
窓の外の景色も

様々映し出しますが、
鏡は鏡

全てを映し出しますが、
対象が目の前から無くなった途端
澄んだ鏡に戻ります。

悲しみ
喜び
怒り
悲しみ
嫉妬

すべては鏡の前を通り過ぎ、様々映し出しますが、消えていきます。

映ったものはあなたではない

「わたしは鏡である」

ということを思い出しましょう。

真澄の鏡
とほかみえみため

ABOUT US

禅僧の祖父の影響で、子どもの頃から禅や各種瞑想に親しむ。20代後半、10時間を超える瞑想中にエネルギーが覚醒、一切の存在と融合するという神秘体験をする。
その後、少林拳、少林武術、太極拳、古武術、レイキ、気功、気導術、ヴィパッサナー、肥田式強健術、等を学ぶ。崇山少林寺では14代館長釈永信管長より、動功の免許を拝受。
現在はneten株式会社顧問・白川伯家神道を継承する一般社団法人白川学館理事を勤める。
祓い・鎮魂・言霊・netenテクノロジーこそが時代のあらゆる局面を解決できる鍵であることを実感、その普及に尽力している

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25 件のコメント

  • 鏡は自分の虚像ですね。
    反対が写っています。
    右手で自分を指差すと鏡の中では左手が指を指している。
    他人様と握手をする時は右なら相手も右です。
    握手をしている時の二人の姿を鏡で見ても逆ですね。
    でも自分自身の想念を鏡の中に移動して外を見ると?
    やはり逆です。
    人を人として写してくれますが人間やることなす事、結果は逆ばかり。
    結果を鏡に写せば向かうべき方向が改められますか?

  • 鏡に写った感情を自分自身だと思い込んでしまっていた自分が愚かしく思えます。
    湧き起こる感情を冷静に観察できる視点を持つことが大切ですね。新しい気付きをありがとうございます。
    感謝。

  • 全体的に詩を読んでいるようでした。
    読んでいる間、心には、清々しい澄みきったエネルギーが漂っていました。

    すっきりとした素敵な文章でした。

    言葉に乗って心に満ちた清々しさは、発信者である石原さんの心そのものを表しているのかもしれないなと感じました。

    自分が情報を発信するさいも、
    祓い・鎮魂し、空になった状態で発信したいなと思いました。

    ありがとうございました。

  • こんにちは。
    いつもありがとうございます。
    私の名前が「ますみ」なので(漢字は違いますが)、今日のタイトルはドキッとしました(笑)
    わたしはかがみ、ますみのかがみ
    曇らぬよう、祓いに祓ってまいります。

  • 助け船彼岸へ導く船頭よ応えたれよ
    稀有なる暁の明星の下こと静かに
    黙りて漕ぎし強き名行燈の陰陽対比
    誠の実姿捉え見よ水面に映りしなり
    流石幾多の型姿真実三千世界よ
    遥かなる旅路新たなる出立ちの身魂なるぞ
    留守守る生死俯瞰す黄泉の命新結びや

  • 囚われなき真永遠の中今にこそ生死あり

    己の全を映し理解するに至るは

    エンマの鏡や真素身を見せる

    自問自答の篩の錬金術に観極まる為り

    自輝自照の鏡霊止を行ずる事こそ

    久遠の師を見付けたりと我想う

    生きている内にこそ

    鏡潜りにて腹を括る行いにて

    悔い改める機会を得るは

    転ばぬ先の杖か?

  • 囚われなき念永遠の中今にこそ真の生死ありや、
    己の全を映して理解するに至る自問自答の篩劇、
    自輝自照鏡ヒトを行ずる事こそ真素身の命為り、
    久遠の師見付けたりと我想いて閻魔は喜び笑う、
    転ばぬ先の杖の如く鏡潜りを生きてる内に試す。

  • 「真澄」の「鏡」
    何度も読み返しました。
    そして目を閉じて味わい、また読み返しました。

    最近、何を思ってか、ふと目を閉じて内側を観察することがよくあります。

    普段、目の前を通り過ぎる景色というのは
    (映画フィルムのように)事象の映像が目の前で映し出されているのだけなんだとどこかで感じていました。
    写し出されたものは映像であり、それらに喜怒哀楽を生じさせ
    私が翻弄されているのではと悩ましい思いが出てきたりしてましたが、「私は鏡である」とのお話は納得です!
    鏡は映す側であり、本来曇りはないですよね。
    【私は鏡、真澄の鏡】とても貴重な言葉ですね。
    鏡であることを忘れないように、とほかみえみためを唱えます。

  • 一人一人が真澄の鏡になって、この世を創造したらと思うと凄いことが起きそうですね。
    私も真澄の鏡になり、「とほかみえみため」を唱えていきたいです。

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